60%生活

物も思考もミニマルに

ハードミニマリスト

義理の母が引越しをする


うっすら気づいていたが、ギリハハ(ちょっと義理母という字面に耐えられないのでこうします)は典型的な「もったいなくて物を捨てられない人」である


旦那が休日を丸二日費やして荷物の整理を手伝ってもまだ終わらないらしい


要・不要の判断が瞬時にできれば、物量が多くても1日費やせば整理できるのではないかと思うのだが、いちいち「これは何かに使える、誰かにあげよう」とひらめいてしまうらしい


捨て一族の私からすると理解しがたい


そんな大変な状況の中でも「誰かにあげよう」と思える優しさがあるのだなあと思うが、99.9%は「捨てりゃいいのに」と思っている


ギリハハは気づいているのだろうか


自分が死んだ時に、この大変な作業をするのは残された家族だということに


普段ギリハハの楽しい暮らしの中で使われていたものなら「形見だね」と大切に思えるかもしれないが、誰かにあげようと思いながらしまわれていたものを大切にできるとは思えない


そして大抵、物持ちの人がくれるものは保存状態があまり良くない


うっすらカビ臭かったり、濁ったビニール袋に入っていたりする


自分で管理できる量を超えて所有しているのだ


家の中にあるものが、その家で役目を終えた時(子供用品、興味のなくなったキャラクターグッズ、サイズが変わって着られなくなった服等)、すぐに「捨てる」「譲る」「売る」の選択をすることが大切ではないかと思う


一番楽な方法は「捨てる」だろう


「売る」はちょっと手間がかかるだけに、すぐに取り掛かった方がいい


「譲る」は友人や親戚にすぐに連絡を取り「欲しい」と言われたらあげればいいし、引き取り手が見つからなければ捨ててしまった方がスッキリするのではないか


いつまでも「物の所有権」が家の中にあると、どんどん物が増えていってしまう


どんどん増えればそれだけ管理の手間がかかり、いつか管理ができなくなり見失う


家の中に見失っているものはないだろうか


見失っていることに気づかずに老いていくのは嫌だ


【なんてな】


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